高松高等裁判所 昭和63年(ラ)7号 決定 1988年5月17日
抗告人 大川秀一
相手方 大川マサエ 外9名
主文
原審判を取り消す。
本件を高松家庭裁判所に差し戻す。
理由
一 抗告の趣旨及び理由別紙記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 一件記録によると次の事実が認められる。
(一) 本件は、昭和57年6月12日死亡した大川孝一郎の相続人である抗告人と相手方ら間における遺産分割事件で、同人らの遺産分割に関する意見については、再度にわたる家庭裁判所調査官の調査により「相手方大川マサエ、同河井戻子、同立川良子の3名は各自の相続分を相手方大川忠に譲渡する。相手方山中光子、同川崎年雄の両名は各自の相続分を放棄する。相手方金田正子、同横浜トミ、同太田町子の3名は相続分相当の遺産を取得したいが、終局的には家庭裁判所の審判に委ねる。抗告人、相手方大川誠の両名は特定の遺産又は相続分相当の遺産を取得したい。相手方大川忠は遺贈以上の遺産を取得しようとは思わないし、場合によつてはその一部を他の者に分与してもよい。」との結果が得られた。
(二) 原裁判所は、右家庭裁判所調査官の調査の結果にかんがみ、右各当事者の意見については、これを相続分の譲渡ないし放棄として考慮する余地はないものと考えたようで、右の考慮なくして、原審判をなした。
2 ところで、家庭裁判所は、遺産分割の審判をなすにつき、法律上定まつた相続分を裁量で変更することは許されないが、当事者には相続分を処分する自由があるのであるから、相続分の譲渡の意思を表明した相続人がある場合、譲渡の相手方である相続人にも譲受の意思が確認されて意思の合致をみたときは、譲渡の意思を表明した相続人の相続分を零とし、当該相続分を譲渡の相手方である相続人に全部帰属させるものとし、また、相続分の放棄の意思を表明した相続人がある場合、他の相続人中にも譲受の意思のある者が確認されて意思の合致をみたときは、放棄の意思を表明した相続人の相続分を零とし、相続分譲受意思の確認された相続人が1名のときは全部、複数のときはその相続分に応じて按分した1部あてを帰属させるものとして遺産分割をなすべきものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記認定の事実によると、原裁判所は家庭裁判所調査官の調査により、本件相続人中には相続分を相手方大川忠に譲渡する意思を表明した者及び相続分を放棄する意思を表明した者のあることを知つたが、一方、終局的には家庭裁判所の審判に委ねるとして必ずしも意思の明確でない者のあること及び右相続分の全部又は1部の譲渡を受けるべき者について右譲受の意思の明確でない者又は右意思の確認のできていない者のあることを知りえたのであるから、原裁判所としては事柄の性質上、家庭裁判所調査官の再調査にとどまらず、場合によつては自ら相続人らを審問してこれらの点を明らかにし、相続人の範囲及び相続分を確定したのち、これに基づき遺産分割をなすべきであつたものといわなければならない。
しかるに、原裁判所は、仮に相続分の譲渡ないし放棄があつたとしても、これを受けるべき相続人がいないものと速断したためか、前記確認の手続を履践することなく、したがつて、右相続分の譲渡ないし放棄について審理を尽くすことなく原審判をなしたものといわざるをえないから、同審判は違法であることを免れない。
3 よつて、原審判は不当で、本件抗告は理由があるから、同審判を取り消したうえ、更に審理を尽くさせるため本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高田政彦 裁判官 松原直幹 孕石孟則)
抗告の趣旨
原審判を取り消し、本件を高松家庭裁判所に差し戻すとの裁判を求める。
抗告の理由
一 原審判では、被相続人大川孝一郎の相続人、大川マサエ、金田正子、横浜トミ、河井房子、立川良子、太田町子、山中光子、川崎年雄らについて、法定相続分に従つて、遺産分割をする旨の審判がなされているが、同人らにおいてはいずれも本遺産につき、実質上その相続放棄をしており、全く、その受贈意思を有しないものである。特に、大川マサエにおいては、その点は明確であるにもかかわらず、その子である大川誠がかわつて同人の意向を無視して、受贈を表明しているのにすぎず、それにまどわされているにすぎない。
原審判はこうした相続意思を有しない者まで、その遺産分割の対象とした点、全くその事実を誤認していること明白である。
参照 原審(高松家 昭60(家)734号 昭63.1.11審判)
主文
1 被相続人大川孝一郎(本籍○○市○○町×××番地第×)の遺産を次のとおり分割する。
(1) <1> 申立人大川秀一は、別紙(一)の遺産目録番号(1)記載の不動産を、相手方大川マサエは同番号(2)、(3)、(4)、(5)、(6)記載の各不動産をそれぞれ取得する。
<2> 申立人大川秀一は、本審判確定の日から2か月以内に、相手方大川マサエに対し金1778万4000円を、相手方金田正子、同横浜トミ、同河井房子、同立川良子、同太田町子に対しそれぞれ金320万4000円を、相手方山中光子、同川崎年雄に対しそれぞれ金160万2000円を各支払え。
2 本件手続費用中、鑑定人○○○○に支給した金80万円の償還として、相手方大川マサエ、同金田正子、同横浜トミ、同河井房子、同立川良子、同太田町子はそれぞれ金10万円を、相手方山中光子、同川崎年雄は各金5万円をそれぞれ申立人大川秀一に支払え。
理由
第1本件申立ての要旨
申立代理人は、被相続人大川孝一郎の相続財産である、
(1) ○○市○○町字○○×××番×
宅地 569.33平方メートル
(2) 同所×××番×
田 1375平方メートル
(3) 同所×××番×
田 565平方メートル
(4) 同所×××番×
田 159平方メートル
(5) 同所×××番×
田 55平方メートル
(6) 同所×××番×
田 13平方メートル
(7) 同所×××番×
田 9.91平方メートル
(8) 同所×××番×
田 477平方メートル
(9) 同所×××番×
田 653平方メートル
(10) 同市同町字○○××番
山林 93平方メートル
につき、適正な分割審判を求め、その事情として、次のように述べた。
被相続人大川孝一郎は、昭和57年6月12日、住所地で死亡して、相続が開始し、相続人は、申立人と相手方らを含む合計11名である。ところで、被相続人は、その死亡に際し、公正証書の遺言を作成していたとのことで、その結果、相手方大川忠は、○○市○○町字○○×××番田1243平方メートル外五筆の不動産について、相続により所有権移転登記を受けたが、被相続人には前記の公正証書の遺言のほかに、自筆遺言証書が存在していたらしく、同遺言については、昭和57年7月ごろ検認手続が経由されている(内容不明)。
このような複雑な状況のもとで、申立人としては、上記番号(1)、(2)記載の各不動産について、被相続人も、生前申立人大川秀一に相続させる旨明言していたこと、及び、その隣接地に自己所有の土地を有していることから、同土地を自己名義で相続を受けるように、相手方らと協議したが、協議をすることができず、また、被相続人の遺産には、前記番号(1)、(2)記載の各不動産のほかに、同番号(3)ないし(10)記載の各不動産が存在するので、これを加えての分割審判を求めるため、本件申立てに及んだものである。
なお、被相続人の遺産とされている、○○市○○町字○○×××番畑118平方メートルは遺産ではなく、申立人の固有の不動産である。
第2当裁判所の判断
本件記録、ことに各戸籍謄本、各登記簿謄本、鑑定人○○○○作成の不動産鑑定評価書、家庭裁判所調査官○○○○作成の昭和61年9月1日付、昭和62年7月20日付各調査報告書、家庭裁判所調査官○○○○作成の調査報告書、並びに、本件に関連する当庁昭和○○年(家)第○○○号遺言書検認申立事件、同昭和○○年(家)第○○○号遺言執行者選任申立事件の各記録
1 相続の開始、相続人及び法定相続分
(1) 被相続人の大川孝一郎(明治35年12月5日生、本籍地○○市○○町×××番地第×)は、大正9年8月9日、相手方大川マサエ(旧姓は松田)と婚姻し、同女との間に、女6人、男4人を儲けたが、二男二郎は、昭和16年8月15日に死亡し、四女コトエは川崎家に嫁ぎ夫川崎計との間に長女光子(相手方)、長男年雄(相手方)を儲けた後の昭和51年9月7日に死亡した。被相続人は農業に従事するかたわら、陶器の材料である粘土の販売をしていたものであるが、昭和57年6月12日、急性肺炎のため、○○市内の病院で死亡して、相続が開始した。
(2) ところで、相続人は、前記のように被相続人と婚姻した配偶者(妻)である相手方大川マサエのほか、両人の間に出生した嫡出子である、相手方金田正子(長女)、同大川忠(長男)、同横浜トミ(二女)、同河井房子(三女)、申立人大川秀一(三男)、相手方立川良子(五女)、同太田町子(六女)、同大川誠(四男)、さらに前記のように被相続人の四女で昭和51年9月7日死亡した川崎コトエの嫡出子である相手方山中光子、同川崎年雄である(なお、相手方山中光子、同川崎年雄は亡川崎コトエの代襲者である)。
(3) 法定相続分は、配偶者である相手方大川マサエが2分の1、被相続人の子である申立人、相手方金田正子、同大川忠、同横浜トミ、同河井房子、同立川良子、同太田町子、同大川誠がそれぞれ18分の1、代襲相続人である相手方山中光子、同川崎年雄がそれぞれ36分の1である。
2 遺産の範囲と評価額
(1) 被相続人の遺産は、別紙(一)の遺産目録記載の各不動産である。
評価額の合計は、金4806万5000円
(2) 申立代理人は、別紙(一)の遺産目録のほかに、前記申立ての要旨で主張する番号(3)、(4)、(5)、(8)、(9)記載の各不動産については、被相続人が、相手方大川誠に対し、自筆証書遺言によつて遺贈し、そのうち、同番号(8)、(9)については、すでに、その旨の移転登記手続を終えているので、本件においては分割審判の対象物件から除外する。
(3) 当事者間に遺産の範囲か否かについて争いのある、○○市○○町×××番田118平方メートルは、登記簿上は、被相続人の所有名義になつているが、申立人が昭和45年ごろに、もとの所有者である川本スミコから買受けて、実質的には申立人大川秀一が所有するもので、遺産であると認めることができないので、分割審判の対象物件から除外する。
3 特別受益者と、その価額
本件相続における共同相続人中、遺贈または生計の資本として生前贈与を受けた者及びその価額は、次のとおりである。
(1) 申立人大川秀一につき
申立人大川秀一は、昭和45年11月5日ごろ、別紙(二)の特別受益の目録1記載の不動産の贈与を受けた。
相続開始時の評価額は、金3435万円である。
(2) 相手方大川忠につき
相手方大川忠は、昭和53年10月13日付遺言(公正証書)によつて、別紙(二)の特別受益の目録2記載の各不動産の遺贈を受けたものである。
相続開始時の評価額は、合計金8728万円である。
(3) 相手方大川誠につき
相手方大川誠は、昭和53年3月26日付自筆遺言証書によつて、別紙(二)の特別受益の目録3中、番号(1)ないし(5)記載の各不動産の遺贈を受け(同番号(4)、(5)の各不動産については、昭和59年4月11日受付による登記済)、同番号(6)の不動産については昭和45年11月5日に生計の資本として贈与を受けたものである。
相続開始時の評価額は、合計金1816万円である。
(4) 以上のほかは、他の相続人につき、特別受益として認めるのが相当でないと思料する。
4 みなし相続財産と、その価額
前記第2の2で認定した相続財産(別紙(一)記載の遺産目録、被相続人が相続開始時において有していた財産)の価額と、同じく前記第2の3で認定した遺贈、贈与を受けた財産(別紙(二)の特別受益の目録記載の各不動産)の価額に基づき、みなし相続財産を算出すると、その価額(民法903条)は、合許金2億7269万円である。
その評細は、別紙(三)「みなし相続財産の価額」に列記したとおりである。
5 みなし相続財産による相続分の算定
前記のように認定した、みなし相続財産額金2億7269万円を前提に、相続人の個別的な各意向をふまえて、当事者について、各法定相続分に乗じた金額を算出すると、
(1) 相手方大川マサエにつき
2億7269万円×1/2 ≒ 1億3634万5000円
となり
(2) 申立人大川秀一、相手方金田正子、同大川忠、同横浜トミ、同河井房子、同立川良子、同太田町子、同大川誠につき、それぞれ
2億7269万円×1/18 ≒ 1514万9000円
となり
(3) 相手方山中光子、同川崎年雄につき、それぞれ
2億7269万円×1/36 ≒ 757万4000円
となる。
(4) そうだとすれば、前認定のように特別受益の認められない相手方大川マサエ、同金田正子、同横浜トミ、同河井房子、同立川良子、同太田町子、同山中光子、同川崎年雄には、いずれも控除すべきものがないから、各相続分額は、前記金額と同額になる。
(5) しかし、前記認定したように、特別受益額が申立人大川秀一については金3435万円となり、相手方大川忠については合計金8728万円となり、相手方大川誠については合計金1816万円となつて、これらが、いずれも、前記のように算定した相続分金1514万9000円を超えるので、申立人大川秀一、相手方大川忠、同大川誠は、民法903条2項により、その相続分として受けることができない。
6 以上を前提に、各相続人の現実の取得額(割合)を計算すると
相手方大川マサエにつき、約金2883万9000円
相手方金田正子、同横浜トミ、同河井房子、同立川良子、同太田町子につき、約金320万4000円
相手方山中光子、同川崎年雄につき、
約金160万2000円
となる。
以上の計算関係の詳細は、別紙(四)の「各相続人の現実的取得分」に各記載のとおりである。
7 遺産分割の方法
そこで、以上のように算定した現実的取得分を前提にして、別紙(一)の遺産目録記載の各不動産について、分割方法を以下検討する。
(1) 相手方大川マサエは、被相続人の配偶者(妻)として、具体的取得分が最も多いことから、別紙(一)の遺産目録番号(2)記載の不動産を取得させ、かつ、周辺の土地所有関係の事情を考慮して、同目録番号(3)、(4)、(5)記載の各不動産を取得させるのを相当と考える。
(2) ところで、別紙(一)の遺産目録番号(1)記載の宅地の分割方法であるが、相手方大川マサエや、その他現実的相続分を有する相続人らに取得させると、代償としての金銭支払の問題指摘も少なくなるが、同宅地(遺産)は、かつて被相続人が申立人大川秀一に生前贈与した、○○市○○町字○○×××番×の宅地に隣接し、これと事実上一体になつている(一団の土地として使用することが経済合理性に合致すると認められる)のであつて、すでに、申立人大川秀一は、同宅地(遺産)を地あげして、同地上に中古車センターとしての工場を建築し、昭和46年ごろから「大川自動車」の名称のもとに、自動車の修理、販売を始めて現在に至つていること、かつ、本件の調停の段階では、申立人にこれを取得させるについて、一部を除いて、当事者間に強い反対意見もないこと等を総合すると、他の相続人らに、これを分割取得ないし共有取得させることは、諸般の事情からみて現実を無視した方法であるといえるし、それよりも、申立人大川秀一にこれを取得させるのが相当であると考えられる。しかし、以上に検討したように、申立人大川秀一は、被相続人から、すでに相当額の特別受益を受けているため、同価額を控除することによつて、現実的な相続分額は零となつている。しかしながら、現実的取得分を有する相続人らに対し、これに支払うべき金員を捻出するためには、申立人大川秀一にこれを取得させたうえ、申立人大川秀一をして、同宅地の価額に相当する金員を提供させて、これを現実的取得分を有する相続人らに対し配分するのが最良の方策であると考える。
(3) 以上の方法を採用して、相手方大川マサエが取得することになつた、別紙(一)の遺産目録番号(2)、(3)、(4)、(5)、(6)の不動産の合計価額は金1105万5000円となり、これを同人の現実的取得分金2883万9000円から控除すると、残額金1778万4000円とな〔、これを申立人大川秀一をして以上のように遺産を取得した代償として支払わせることとし、同じく相手方金田正子、同横浜トミ、同河井房子、同立川良子、同太田町子に対しそれぞれ現実的取得分の額である金320万4000円を、相手方山中光子、同川崎年雄に対しそれぞれ現実的取得分の額である金160万2000円を、それぞれ申立人大川秀一をして、同じく以上の遺産を取得した代償として支払わせることとする。
これらは、いずれも高額な金員になるので、余裕を置くべきものとして、支払期限を本審判確定の日から2か月以内とするのを相当であると考える。
8 最後に、本件鑑定に要した費用は金80万円であつて、これについては申立人大川秀一が負担しているので、遺産分割による受益の程度等をも考慮して、相手方らにもこれを負担させることとし、主文のとおり審判する。
別紙
各相続人の現実的取得分
計算の方式
相続財産×相続分額の割合二現実的取得分
1 相手方大川マサエにつき
4806万5000円×(1億3634万5000円/1億3634万5000円+(1514万9444円×6人))
≒ 2883万9000円(約0.6%)
2 相手方金田正子、同横浜トミ、同河井房子、同立川良子、同太田町子につき、それぞれ
4806万5000円×(1514万9444円/1億3634万5000円+(1514万9444円×6人))
≒ 320万4000円(約0.0667%)
3 相手方山中光子、同川崎年雄につき、同じ計算方法により、代襲相続として、それぞれ
320万4330円×1/2 ≒ 160万2000円
以上
別紙遺産目録<省略>
特別受益の目録<省略>
みなし相続財産の価額<省略>